スクールについて

テ ププオリ テ マハナオテラ
(Te Pupu ‘Ori Te Mahanaotera)

★ オリ・タヒチ(Ori Tahiti) タヒチの民族舞踊(タヒチアンアンダンス)を学びます。

1971年、主宰のクウレイナニ橋本がIlima Hula Studioでオリタヒチの修業を開始。
1973年、タヒチへ単身渡り本場のタヒチアンダンスを学ぶ。 
1996年、タヒチの伝統流派Erena Mapuhiの後継者:Rose Perreiraを当校顧問教師に迎え本格タヒチアンダンスを基礎 から丁寧に教えます。
1997年からサンホゼ タヒチ フェテやホノルルのタヒチヌイ・ヘイヴァに連続出場し、2009年に本場タヒチで日本人初のタヒチアンダンスをTo’ataステージで披露し、日本やハワイのコンクールに出場し続けています。
♥ Rose先生のワークショップが年に1~3回開催され、生徒は誰でも受講できます。

‘Ori Tahiti オリタヒチ(タヒチアンダンス)とは
オリタヒチは南太平洋の楽園、フレンチポリネシア・タヒチ諸島に伝わる民族舞踊、「‘Ori 」は、「踊り」という意味のタヒチ語です。 「‘Ote‘a オテア」:パーカッションやドラムビートのリズムだけで腰を激しく動かす踊りです。男性は足、女性は腰の動きが主体の激しく速い動きの踊りです。 「‘Aparima アパリマ」:「アパ」は身ぶり、手振り、「リマ」は手という意味で、歌詩に合わせて物語を手の動きとステップで表現する踊りです。 又、ロングドレスを着て踊るアフロアと美しいドレスで踊るアフプロツはフラスタイルとも云われて比較的ゆったりした踊りです。「’Ahuアフ」は洋服、ドレス、「roaロア」は長い、「purotuプロツ」は美しいという意味で、アパリマも含めて近年は Mehura メフラと呼ばれるようになりました。他に、Hivinauヒビナウ、Pa‘o‘aパオアなどのバリエーションもあります。
タヒチアンダンスの歴史
昔はアリオイと呼ばれる旅芸人が、タヒチ諸島豊穣を感謝したり、戦いの神 ‘Oroオロに祈る神前で踊ったりしたと云われています。また、祭りなどの娯楽として、あるいは男が戦いに行く時に女性が鼓舞して踊るという習慣もあり、ダンスは日常の生活の中に根付いていました。 19世紀に入って、キリスト教宣教師たちが官能的なダンスを禁じ、それ以降、約60年間公共の場でダンスは踊られなくなりました。1895年、フランス革命記念祭で「‘Ori ra‘a Tahiti オリラア・タヒチ」という名称で、タヒチアンダンスのイベントが開催され、1950年代には幾つかのダンスグループが誕生し、ダンスコンクールが盛んになりました。そして‘Ori Tahitiは毎年7月に開催されているタヒチ諸島最大のお祭り「チューライ祭」の主役となりました。1984年、フレンチポリネシアで自治統治が始まり、このお祭りは「Heiva I Tahiti ヘイヴァ・イ・タヒチ」と名称が改められ、タヒチアンダンスの本格的な復興に寄与し、世界中から観客が集まる大きな祭りになっています。

オテア&アパリマ(Ote’a&Aparima)

オテアは激しいビートのタヒチアンドラムに合せて腰を振るハードな踊りです。リズム感を養い、楽しみながら足腰を鍛えてシェイプアップさせます。
 又、軽快なタヒチアンリズムに合わせて踊るアパリマはステップからハンドモーションまで丁寧に教えます。 3歳から50歳台まで、軽快に楽しみながらレッスンしたり、コンペチームで上達を目指してハードワークしたり、希望のクラスでレベルに合わせてレッスンします。

メフラ(Mefura)

メフラ(Mefura) オリタヒチの中でもフラスタイルと云われるゆったりしたテンポの踊りなので、年齢に関係なくタヒチアンダンスを楽しめます。南国の軽快でムーディーなリズムが心を陽気に明るくしてくれます。




オテア ベーシック

オテア ベーシック オリタヒチの代表ともいわれるオテアの基礎、腰の動かし方を初歩から学ぶと共に、技術の向上を目指します。





タマリイ

タヒチ語では子供の事をタマリイ=Tamari’iと呼びます。ハワイとタヒチの音楽や踊りを通して感受性豊かな広い視野の子供に育つことを願います。フラとオリタヒチの基礎を学び、楽しく踊りながら体力づくりとリズム感を養いましょう! 
※対象年齢などはお問い合わせください。

子育てママもO.K!オリタヒチ

40代以上の女性を対象とした、オリタヒチクラスです。
ママもお子様を連れてご参加いただけます。
フラよりも少しハードなオリタヒチで、基礎&腰の動かし方を初歩から学び、理 想のボディとスタミナを目指しましょう。

タネ&ヴァヒネ(コンバイン)




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タヒチ文化アドバイザー
Rose Perreira

タヒチ文化と深く関わりのある家族に育ち、ハワイのポリネシア文化センター(PCC)の初代タヒチアンショウの振付師を務めた養母のErena Mapuhiに2歳からタヒチアンダンスを指導され、1973年にハワイに渡りPCCのポリネシアンショウのタヒチ部門のソロダンサーとして活躍。現役ダンサー引退後はアメリカ各地でタヒチアンダンスの普及とコンクールの審査員を務めている。
1996年に当校・メハナオカラーがメリーモナークフェスティバルの前夜祭でタヒチアンダンスを踊ったのがきっかけでクウレイナニ橋本と出会い、同年に日本に来日。以来、当校のタヒチアンダンスの師として年に2,3回当校スタジオで直接指導を行っている。
2003年 タヒチヌイ・ヘイヴァ・インターナショナルを設立し、ハワイと日本でタヒチアンダンスコンクールを主催。タヒチの外でタヒチ文化の普及に努めている。

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© 1997 Ku‘uleinani Polynesian Cultural School